2009年6月7日「目からうろこ」渡辺敏雄牧師

聖書箇所:使徒言行録9章9~19節
9、サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった。
10、ところで、ダマスコにアナニアという弟子がいた。幻の中で主が、「アナニア」と呼びかけると、アナニアは「主よ、ここにおります」と言った。
11、すると、主は言われた。「立って『直線通り』と呼ばれる通りに行き、ユダの家にいるサウロという名の、タルソス出身の者を訪ねよ。今、彼は祈ってい る。
12、アナニアという人が入ってきて自分の上に手を置き、元どおり目が見えるようにしてくれるのを、幻で見たのだ。」

説教要旨

今日の箇所は、復活の主イエスに出会い、目が見えなくなったその後のパウロのことが 書かれています。目が見えなくなったパウロが目からうろこのようなものが落ち、目が見えるようになり、洗礼を受けるというパウロの人生に一大転換を引き起 こすことが描かれています。
神は不思議な導きをもってパウロもアナニアも導きます。パウロはクリスチャンを激しく迫害することに熱心な人でした。一方のアナニアは迫害を受けているク リスチャンであります。

そのアナニアに主はパウロの目を見えるようにせよと言われるのです。 それを聞いたアナニアは思ったことでしょう。「なんて無茶なことを主は言われるのだろうか」と。
パウロを懲らしめよというのではなく、パウロを癒せと言われるのです。パウロという名前を聞くだけでも嫌悪感をもよおすのに、癒せとは何事であるか。アナ ニアは大いなる葛藤を覚えたことでしょう。しかし主は「行け」と言われるのです。
アナニアは抗しきれずにパウロのところへ行きます。嫌悪するパウロと面会します。 そのパウロに手を置いて「兄弟サウル(パウロ)」と発したのです。全く人間わざでは考えられないことが起こったのです。クリスチャンを迫害するパウロに対 して兄弟と呼んだのです。
パウロの方はパウロで、憎悪するクリスチャンに手を置かれ、「兄弟」と呼ばれるとは全く思ってもみないことでした。 このことは聖霊のなせるわざであります。パウロの目からうろこのようなものが落ちたのです。

パウロのみならずアナニアも同じように目からうろこのようなものが落ちたといえます。人間わざではありえないことが起こったのです。聖霊はまことに 目からうろこの経験へとパウロやアナニアだけでなく、私たちも導くのです。そして目が開かれた私たちを待ち受けるのはこれまでとは違う世界であります。和 解の福音の世界がそこに待ち受けているのです。