2012年11月11日「神の子供」渡辺敏雄牧師

聖書箇所:ローマの信徒への手紙8章12~17節

説教要旨:
14,15節で「神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです。あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れるではなく、神の子とする霊を受けたのです」と言われています。
神の子とは本来イエス・キリストだけであります。それが罪深い私たちも神の子とされるということがあるのです。それは聖霊によると言われるのです。神以外にそれはできないということです。
でも神はそのことを私たちに何の代価もなしになそうとされたのではないのです。私たちが神の子とされるために尊い神の独り子イエス・キリストの十字架という代価が払われたのです。
本来なら私たちは肉(自我)の働きによって滅びへと向かっても仕方ない者でありました。それがキリストの十字架によって命へと移しかえられたのです。
では命の道を歩むことのしるしは何でしょうか。それが私たちが「アッバ、父よ」と呼ぶことにあるとパウロは言います。「アッバ」は幼子が父を呼ぶときの言葉であります。
信頼と愛に満ちて父を呼ぶのです。
パウロが「人を奴隷として再び恐れに陥れる霊」と言っているのは、具体的には律法の奴隷へと導く悪霊のことであります。悪霊は私たちを律法に支配される奴隷状態へと向かわしめます。
律法にはそれに違反したときの罰則があります。律法に従う罰則が恐ろしいから、何が何でも律法を守ろうとする生き方が生まれます。それは律法の奴隷として生きる道であります。
その道から私たちを聖霊は自由にし、神の子とします。その神の子の道は、神をアッバと呼ぶことにおいて、現れています。もはや律法を守らない者を厳しく罰する怖い厳格な父なる神ではなく、御子をさえ私たちの救いのために十字架に惜しまず与えてくれる愛と憐れみに満ちた父なる神となっているのです。